たろうの城ぶら日記

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反乱の城~若桜鬼ヶ城の魅力&見どころ~

8回目の投稿は若桜鬼ヶ城(わかさおにがじょう)をターゲットにします。

若桜鬼ヶ城鳥取県の東部に位置し、因幡三名城(残りは鳥取城、鹿野城)の

一つに数えられる城になります。因幡の主城は鳥取城であったことから

古くから因幡の支配者に対抗する勢力が拠点とした城でもありました。

最終的には一国一城令の影響で破却され、今でも人為的な破却の影響が

強く残る城になります。

今回も歴史に始まり、その魅力や見どころについて紹介していきます。

 

 

若桜鬼ヶ城の歴史】

若桜鬼ヶ城の位置する因幡国の歴史は鳥取城の記事で書きましたので、

今回は城の歴史を中心に見ていきたいと思います。

 

①築城~室町時代

若桜鬼ヶ城は1200年頃矢部氏により築城されたとなったと言われております。

矢部氏は元々三河国の武将であり、梶原景時の変鎮圧における活躍で

因幡国若桜周辺の土地を与えられております。

以後、若桜鬼ヶ城は矢部氏の主城として発展していきます。

 

室町時代に入り因幡国の守護として山名氏が任命されると矢部氏はこれに従い

若桜周辺の支配を任されます。しかし、応仁の乱以降は同じ因幡の国人である

因幡毛利氏と手を組み山名氏に対抗するようになります。

実際に15世紀後半には毛利次郎の乱と呼ばれる二度にわたる山名氏への反乱に

加担します。この反乱は最終的に失敗に終わりましたが矢部氏の力は衰えず、

引き続き若桜周辺における有力国人であり続けました。

 

②戦国時代~江戸時代

戦国時代に入ると、矢部氏は因幡における支配拡大を目指し、

山中幸盛を中心とした尼子再興軍を受け入れ鳥取城の武田高信を攻撃します。

一度は鳥取城を攻略した矢部氏でしたが、すぐに吉川元春中心とした毛利軍が

攻め入るとこれに従います。しかし、1575年芸但和睦等で追い詰められた

尼子再興軍に謀略をもって若桜鬼ヶ城を攻略され矢部氏は滅亡します。

 

若桜鬼ヶ城を手に入れた尼子再興軍は、すぐさま毛利軍と激しい戦闘に入ります。

若桜鬼ヶ城自体は落城することはなかったのですが、この戦いの過程で

後ろ盾やいくつかの拠点を失った尼子軍は、若桜鬼ヶ城を捨て因幡国から

撤退します。その後、羽柴秀吉による鳥取城攻めが開始されると若桜鬼ヶ城は、

その拠点となり木下重堅(きのしたしげたか)が入城します。

 

重堅は秀吉による因幡国統一が完了すると若桜鬼ヶ城を大幅に改修、

これまでの中心地であった古城から現在の本丸に中心地を移し、

合わせて近世城郭への改築を行ったとされております。

その後、関ヶ原の戦いで重堅は西軍に味方したため戦後に改易、

代わりに山崎家治が入城、若桜鬼ヶ城の改築を行います。

しかし、1617年に家治が入封され若狭周辺は鳥取藩の領地となると、

同年の一国一城令を受け破却、若桜鬼ヶ城はその役目を終えることとなります。

 

若桜鬼ヶ城の見どころ】

ここからは若狭鬼ヶ城の魅力について書きます。

個人的な注目ポイントは以下の2点になります!!

 

①六角石垣

城の主郭部(山上)より少し下ったところに六角石垣はあります。

その名の通り山麓からみると六角形のようにみえることが名前の由来で、

元々は城の出丸として築かれ物見台として使われていたようです。

また、本丸等の石垣と比べると、同じ野面積みでも明らかに積み方が違います。

実は、この六角石垣は本丸等の石垣よりも前に築かれたとされており、

石垣の上に土塁が築かれる等、中世城郭の特徴を残した遺構になっております。

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(六角石垣。このような形の石垣は全国でも珍しい。)

 

②様々な虎口(こぐち)

城の入り口となる虎口ですが、若桜鬼ヶ城は様々な虎口のタイプがあります。

例えば、三の丸にある枡形虎口(ますがたこぐち)戸時代以降の築城において

一般的になった虎口の種類になります。他にも、二の丸と本丸の間は

廊下橋虎口になっていたと言われており、有事の際は廊下橋を壊して

本丸への侵入を防ぐことができました。また、本丸の手前には行き止まり虎口

言われる虎口に見せかけた袋小路があり、行先には落とし戸がありました。

(現在は埋められております。)

これは全国でも唯一の遺構になっております。

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(二の丸より本丸を臨む。破却された石垣の石がいたるところに転がっている)

 

※虎口とは・・・

城における出入り口になります。

土塁や石垣等の城の外側を固める建造物の一部に穴をあけて作ることになり、

防御時に重要な拠点となるため古くから工夫が重ねられてきました。

代表的な虎口は以下のものになります。 

平虎口(平入虎口)

 正面に門を構えた虎口。攻撃側は城内に直進が可能。

喰違虎口(くいちがいこぐち)

 土塁等をずらし側面に門を構えた虎口。攻撃側はZ字の進路をとる必要がある。

馬出(虎口)

    門の前に小さな曲輪を設けた虎口。攻撃側は曲輪を攻略する必要がある。

枡形虎口

 門の後ろに四角のスペースを取り、周囲を囲んだ虎口。藤堂高虎が開発した。

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(今治城の枡形虎口。ここに侵入した敵は三方向から攻撃されることとなる。)

 

若桜鬼ヶ城のアクセス】

 最後に若桜鬼ヶ城のアクセスについて書きます。

車:馬場近くに駐車場有り。駐車場から徒歩15分で本丸

電車:若桜鉄道若桜駅」より徒歩16分で登城口。登城口から本丸まで約35分

 

若桜鬼ヶ城因幡三名城の名に恥じぬ名城で、特に山麓から登城した際に

見える六角石垣は圧巻です。

鳥取観光と合わせて是非足を延ばしてみてください。